補助輪付きの心臓

2008年に突然倒れ、ブルガダ症候群と診断。ICDを埋め込みながらも前向きに生活中。

眠るのが怖い

どんなことから書き始めようかと悩みましたが、先ずは単純に辛かったことでも思い出してみようかなと思います。 辛かったことといえば色々とありますが、その中でも眠るのが怖くなってしまったことがありました。 と言いますのも、私の持病は落ち着いている時ほど発症する可能性が高く就寝中が一番発作が起きる可能性が高いからです。

発作が起きると当然気を失うのですが、その直後に胸に埋め込んだICDの電気ショックで叩き起こされます。 起きた直後は電気ショックの記憶があまり無いので何が起きたかよく分からず非常に混乱しますし、血流が滅茶苦茶になっているので体もフラフラです。 強烈な違和感から「あ、発作が起こったのかな」と思い呆然とベッドに座っていると、2度め3度めと発作がくることもあります。 そうなると救急車を呼ぶしか無いのですが、私は独り暮らしなので何度も意識を飛ばしながら救急車を呼んで入院する準備をすることになります。 意識を失うまで分からなかったのですが、意識を失うと簡単に頭をどこかにぶつけてしまうので非常に危険です。 正直119に電話するのもかなり辛いです。 ICDのおかげで致死率が抑えられているのがせめてもの救いというところ。

全体的に最悪の体験なのですが、この中でも電気ショックが非常に苦痛です。拷問にも使われるようなものですから当たり前でしょう(程度は違うんでしょうが)。 痛みもありますが、それよりも身体のコントロールが奪われる強烈な違和感が厳しいです。非常な無力感があります。 医者から聞いた話では、海外では電気ショックでPTSDになって自殺してしまった患者もいるそうです。

とはいえ眠らないわけにはいきませんよね。 どちらにせよそれはそれで身体のリズムが崩れ、発作を招きます。

私の場合は単身で上京して新卒入社後の初年~2年目くらいが一番発作が起きていた時期だったのですが、当然メンタルのバランスを崩し眠るのが怖くなってしまいました。 平常時でも何かの拍子に気持ちが悪くなって発作が起きるような気がして病院に行ったりしていたら、就寝前に向精神薬を飲むことになってしまいました。 当時は寝る前に本当に何事もないように何かに祈りながら薬を飲んで寝ていたので、結構病んでいたなと今になって思います。

その後はそのとき飲み始めたキニジンという心臓の薬との相性が良かったのか発作が起きなくなり、病気に対する心構えもある程度できてきたのか数年をかけて薬の量も減らし生活も安定してきました。 特にここ3年くらいはかなり快調に過ごせています。

おそらくここまで読んで「そんなに危険なら独り暮らしをやめて親元で暮らせよ」と思う方もいるでしょう。 まあ、それは正論です。ただ、家庭の事情があったり、ソフトウェアエンジニアとして活躍したいという強い気持ちもあったので、リスクを受け入れてこうした選択をしました。

結果論ですが、今では発作もしばらく起きていませんし仕事もきちんとできているので、そうして良かったなと思っています。

となると人生のパートナーを見つけるのが妥当な選択だと思いつつ、単純にモテませんし、それはそうと色々と思うところもあり、それについてもいつか気が向いたら何か書こうと思います。